盛岡地方裁判所 昭和44年(ワ)104号 判決 1972年10月13日
原告
深田正雄
ほか二名
被告
多賀谷金次郎
ほか一名
主文
1 被告らは連帯して、
原告深田正雄に対し金六四万九、六七二円
原告居家野義雄に対し金四二万五、九二〇円
原告近江三雄に対し金一六万四、〇〇〇円
および右各金員に対する昭和四四年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告深田、同居家野のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを五分し、その一を原告深田、同居家野の、その余を被告らの各負担とする。
4 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
(当事者の求める裁判)
原告ら
1 被告らは連帯して、
原告深田正雄に対し金八〇万五、七〇四円
原告居家野義雄に対し金四七万六、六〇一円
原告近江三雄に対し金一六万四、〇〇〇円
および右各金員に対する訴状送達の翌日から完済までの年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言
被告ら
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(当事者の主張)
原告ら
一 被告多賀谷金五郎は、昭和四三年二月二二日午後七時一七分ころ、普通貨物自動車(被告車という)を運転して、岩手郡西根町大更一八地割八八番地の九付近を南進中、速度を出し過ぎたため同所付近のカーブを曲り切れず、そのまま直進したため、カーブ道路の右側を最徐行して対進してきた原告居家野義雄運転の普通貨物自動車(原告車という)に右被告車を衝突させ、その衝撃で原告車を道路下に転落させ、よつて同乗していた原告深田には頭部外傷、頸部顔面挫傷の、原告居家野には右足下腿挫傷兼足関節炎兼顔面挫創の各傷害を負わせ、原告車を大破させた。
二 被告多賀谷福一郎は木材業を営み、被告多賀谷金五郎はその被用者として稼働しているが、本件事故は被告金五郎が同福一郎の業務を執行中に速度超過、運転技術の拙劣という過失によつて惹き起こしたものであるから、被告金五郎は民法七〇九条、被告福一郎は同法七一五条により、原告らの蒙つた損害につき賠償すべき責任がある。
三 損害
(一) 原告深田正雄の損害 八〇万五、七〇四円
(1) 治療費 三二万八、七一二円
高松外科医院入院分 二三万五、五八七円
同医院通院分 七万四、九四〇円
西根病院分 六、二五四円
岩手医大病院の分 一万一、九三一円
(2) 休業による損失 四七万六、九九二円
平均賃金 一日二、〇五六円
休業日数 二三二日
(3) 慰藉料 五〇万円
(4) 合計 一三〇万五、七〇四円
うち填補された部分、自賠責任保険金で五〇万円、差引八〇万五、七〇四円
(二) 原告居家野義雄の損害 四七万六、六〇一円
(1) 治療費 一八万九、五二〇円
西根病院分 六、八〇六円
高松外科医院入院分 一五万三、〇〇〇円
同医院通院分 二万四、二一六円
岩手医大病院の分 五、四九八円
(2) 休業による損失 四八万三、五一〇円
平均賃金 一日二、一三〇円
休業日数 二二七日
(3) 慰藉料 三〇万円
(4) 合計 九七万三、〇三〇円
うち填補された部分、自賠責保険金で四九万六、四二九円、差引四七万六、六〇一円
(三) 原告近江三雄の損害 一六万四、〇〇〇円
自動車購入までの賃借料 一六万四、〇〇〇円
よつて、右各金員とこれに対する訴状送達の翌日から完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告ら
一 原告らの主張の日(時刻は五時一七分ころ)に、被告金五郎運転の車両が、その主張の場所で原告居家野運転の車両に衝突し、同車が道路下に転落したことは認める。原告らの傷害の程度は知らない。被告福一郎が木材業を営み、被告金五郎はその被用者であるとの点は認めるが、原告らのうけた損害は知らない。その余は全部否認する。
二 本件事故の際、被告金五郎は道路左側を進行していたが、対進して来た原告居家野運転車両が五〇メートル位に接近した際、その進路上に停止していた乗用車をさけるためか、突然被告金五郎の進路上に進入したので、危険を感じた被告金五郎がブレーキを踏んだところ、当時路面が凍つていたため、約二八メートルスリツプして衝突したものである。従つて、被告金五郎が制動をしなくても衝突は避けられなかつたものである。右のように本件事故は路面が凍結して危険な状況であつたのに、原告居家野がその運転車両を、突然被告金五郎の進路上に進入させた過失によつて発生したものである。
従つて、被告らには原告らの損害を賠償すべき義務はないが、仮に被告金五郎にも多少の過失があるとすれば、被告らは過失相殺を主張する。
三 被告金五郎は、本件事故当日、割ばし製造業を営む訴外三浦広蔵に依頼され、同人の製品を盛岡に運搬するため、被告福一郎に無断で出かけたのであるが、その帰途本件事故にあつたものであるから、被告福一郎の業務の執行とは全く関係なく、従つて被告福一郎には原告らの損害を賠償すべき義務はない。
理由
一 まず被告多賀谷金五郎および原告居家野義雄双方の過失について考える。
〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。
1 本件事故現場は岩手県岩手郡西根町一八地割八八番の九付近国道二八二号線の幅員七メートルのアスフアルト舗装道路上で、被告多賀谷金五郎運転の自動車(以下被告車という)は盛岡市方面から大更方面へ北進し、原告居家野運転の自動車(以下原告車という)は反対に南進している時の衝突事故である。
2 現場付近は、被告車が進行してきた方向から衝突現場付近まで、北に向つて左へゆるやかにカーブし、衝突地点から北方はほぼ直線で、見通しは、右のカーブの部分を除けば、良好である。カーブが最大となる付近はやや高くなつているが、それから北方はほとんど平坦である。
3 事故発生時は、昭和四三年二月二二日午後五時一七分ころで、降雪はなかつたが、昼間溶けた雪、水などが夕方になつて凍りはじめ、路面は凍結して滑走し易い状況にあり、事故直後から雪が降りはじめている。被告車はチエンの着装なく、タイヤは後輪内側二本のみスノータイヤでその余は全て普通タイヤであつた。
4 現場付近のカーブが最大となる部分から衝突地点までは約七二メートルあり衝突地点から北へ約二〇メートルの所に、当時訴外車両トヨペツトクラウンが道路東側(南進する方向左側)に停車しており、原告車が右訴外車を追越しはじめたのはそれから更に北方約一四メートルの地点からで、追越を終つて左側車線に戻り、ほぼ停止しかかつた時、被告車に正面右側から衝突され、そのまま道路下へ転落した。
5 被告車は四〇ないし四五キロメートル毎時の速度で進行し、カーブが最大となる付近で対向する原告車が追越のため自己の走行車線へ出たのを認め、制動をかけたところ、衝突まで約五〇メートルのスリツプ痕を残し、原告車を道路下へ突き落して停止したが、路面が凍結していたためほとんど制動が効かず、ハンドル操作によつて避けることもできずに反対車線を進行してしまつた。
6 被告金五郎は雪国で生活しており、雪のある場所、冬期間の運転経験をもつている。
〔証拠略〕中、右認定に反する部分はたやすく信用できない。
右認定事実からは次のことが推認される。
被告金五郎が、原告車が被告車の車線に出たと認めたのは、約九〇ないし一〇〇メートル先である。これは被告車のスリツプ痕がカーブの最大地点付近から始まり、被告車の貫性によつて右側へスリツプしたことから首肯される。右の距離において衝突の危険を認めるということは被告車の速度が極めて高速でない限り考えられないことであるが、被告車の速度は毎時四〇ないし四五キロメートルであるから、この速度をもつて右の距離にある対向車との衝突の危険を考えることは奇異である。結局、被告金五郎は自己の車がカーブにさしかかつたために減速の制動をかけたところ、路面が凍結していたため全く制動が効かず、カーブ上でしかもやや下り坂のため、そのまま反対車線にスリツプして行つて原告車に衝突したものといわざるを得ない。
被告金五郎は厳冬期の運転経験も有する者であるから、運転者として、冬期の夕方気温が下つてから運転する場合は、路面の状態によく注意を払い、凍結して滑走し易い状態では急制動をしないような速度と方法で(特に被告車はスノータイヤが少くほとんどが普通タイヤであつたから猶更深く注意すべきであつた)走行しなければならない注意義務があるのにこれを怠り、路面に注意せず、カーブの下り坂で漫然と急制動した過失により自車を反対車線へ滑走させ、原告車に衝突させたものである。
反対に、原告居家野は、対向車との距離が九〇ないし一〇〇メートルある地点で前方に停止している車を追越し、元の車線に戻つて左側端に避譲し、ほとんど停止しかかつている時に衝突されたものであるから、これをもつて過失とみるわけにいかず、原告居家野には本件事故の過失責任はないといわねばならない。
二 次に、被告福一郎の責任について考える。
被告金五郎が被告福一郎の被用者で運転の業務に従つていたことは当事者間に争がなく、〔証拠略〕によると、本件自動車は被告福一郎の所有で、その仕事に使用されていたものを、被告金五郎が訴外三浦の依頼により同人の割箸材料を運搬して本件事故を発生させたこと、三浦はこの前にも同様の運搬を頼んだことがあり、ガソリン代として金員を支払い、被告金五郎はこれを被告福一郎に渡していたこと、被告福一郎は、あまり、他人の仕事をするなと被告金五郎に注意していたことはあるが、被告金五郎は三浦の他にも他人のために仕事をしてやり、被告福一郎にガソリン代などを渡していたことなどが認められ、これに反する証拠はない。
民法七一五条の使用者責任は近時広く理解され、取引行為以外にも外観理論がとり入れられるに至つたが、本件の場合これをみるに、右認定事実からすれば、本件事故の運転は客観的にみて(使用者の主観を除いて)使用者の支配領域内のことと認められるので、被告福一郎の使用者責任は肯定されなければならない。
そして、被告福一郎の同金五郎に対する注意、監督も、右に認定の程度では未だ免責の注意義務を果したということかできず、他にこれを認めるに足りる証拠はないので、結局被告両名は原告らが本件事故によつて受けた損害を賠償する責を負わねばならない。
三 よつて、損害について考える。
〔証拠略〕を総合すると次の事実が認められる。
1 原告深田
原告深田は本件事故により、頭部外傷兼頭部顔面挫傷の傷害を受け、西根町立病院で応急手当をうけたのち、高松外科医院に入院し、四月三〇日退院するまで六七日間入院加療をうけ、退院後も同医院において七月中旬まで通院治療をし、その後も後頭部、左顔面が圧迫され或はしびれる、又は首筋が熱ぽくなるなどの後遺症が感じられたため、昭和四四年六月、岩手医大付属病院において診察をうけ、この間の(イ)総治療費は三二千八、七一二円を要した。
右事故のために同原告が仕事を休んだ日数は合計二三二日間で、事故前三ケ月の平均賃金は一日当り二〇三〇円であるから、この間の(ロ)逸失利益は総計四七万〇、九六〇円である。
同原告は自賠責強制保険から、(ハ)金五〇万円を受領している。
2 原告居家野
原告居家野は本件事故により、右足下腿挫傷兼足関節炎兼顔面挫創の傷害をうけ、西根町立病院で応急手当をうけ、高松外科医院に入院し、四月三〇日退院するまで六七日間入院加療をうけ、その後も通院治療をうけたが、昭和四四年六月には岩手医大付属病院で診察をうけ、その間の(イ)総治療費は一八万九、五二〇円を要した。
同原告は右事故のために仕事を合計二二七日間休み、事故前三ケ月の平均賃金は一日当り二、一二七円であるから、この間の(ロ)逸失利益は総計四八万二、八二九円である。
同原告は自賠責強制保険から(ハ)金四九万六、四二九円を受領している。
3 原告近江
原告近江は本件事故によりその所有自動車を破損され、新しく購入すべきか、修理して使用すべきか被告らと交渉しようとしたが、被告らにおいてその交渉に応じなかつたため、新車購入まで他から自動車を賃借して仕事に使用したが、その賃料合計は一六万四、〇〇〇円である。
右認定に反する証拠はなく、成立に争のない乙一号証をもつても原告深田の逸失利益の額を左右するに足りない。
四 右事実によれば、原告深田は前記(イ)(ロ)が本件事故による損害で、同原告の慰藉料は前記認定の傷害の部位、程度、入通院期間等諸般の事情を考慮して三五万円を相当と認めるので、総計一一四万九、六七二円となるが、前記(ハ)の保険金を受領しているので、これを差引き六四万九、六七二円が本訴において請求しうる金額である。
原告居家野は前記(イ)(ロ)が本件事故による損害で、同原告の慰藉料は原告深田と同様の前記認定の諸般の事情を考慮して二五万円を相当と認めるので、総計九二万二、三四九円となるが、前記(ハ)の保険金を受領しているので、これを差引き四二万五、九二〇円が本訴において請求しうる金額である。
原告近江は前記認定賃借料が本件事故による損害と認められるでこれを請求しうる。
結局、原告らの本訴請求のうち、原告深田は金六四万九、六七二円、原告居家野は金四二万五、九二〇円、原告近江は金一六万四、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四四年四月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、原告深田、同居家野のその余の請求は理由がないのでこれをいずれも棄却することとし、訴訟費用は民訴法八九条、九二条、九三条を適用してこれを五分し、その一を原告深田、同居家野の負担とし、その余を被告両名の負担とし、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 片岡正彦)